弥来成真の世界

瞑想(Meditation)小説。世界の奥へと誘います。

2013年

プラナリアの気持ちと「私」性

プラナリアって知ってますよね?
見た目はナメクジに似ているあの驚異的な再生能力の持ち主です。頭と胴を真っ二つにしても、それれの体の断片から足りない部分を再生してしまう、、、頭だけの欠片からは胴体が、胴体だけの欠片からは頭が再生されて、二体のプラナリアになってしまうというあいつらです。体のどこを何分割してみても、どの肉片からも完全体を生成してしまうというのだから、あっぱれ、あっぱれ。だってさあ、尻尾の先っちょしかないのにそこから胴体と頭まで出来ちゃうだぜ~。
だから、アメーバみたいに体のつくりが単純な原生生物かと思いきや、消化管や脳神経系を備えているっていうんだから、どうにもこうにも。。。おまけに目なんてヒラメみたいに寄り目でパーマンの目のように愛くるしいのだ。やっぱ、すげ~。

一体のプラナリアが切断されて、複数のプラナリアに再生される時って、どういう感覚なのだろうか。
例えば、上から縦に、ていうのは左右に真っ二つに切断された場合はというと、、、

プラナリア「痛っ!うぅ、後頭部から背中にかけて切れ目が・・・ああ、あれか。そういや、この前、仲間が人間にナイフで体をちょん切られていたっけ。俺を切断しようってのか。うぅ、ナイフがどんどん体の中に沈み込んでくる。。。苦しい。(意識が朦朧となっていく)」

(切断完了)

右断片プラナリア「何か、左側がひりひりするぜ。ていうか、左の方がよく見えないんですけど。あれ、右目を閉じると(まぶたあるのか!?)、何も見えない。ていうか、左目がなくなっている!?ていうか体の左側なくなっている!?なんか、物足りない感じがする・・・だんだん、左側の痛みがなくなっていく。あれっ?左の方も前のようによく見えるようになったし、なんだか、昔のような充足した感じになってきたぞ。」

左断片プラナリア「    」:上記の右側くんの「右」と「左」を交互に変換してください(笑)

いや~、左右じゃなくて、上下に頭と胴体に切断していた方がより本質的だったかも。まあいいか。
しかし、どうなのだろうか。こんなんでいいのだろうか?

右側くんは、これから一個の新しい個体として再生し、このさき、切断される以前の体の右側で経験してきた感覚なり、記憶?のみが保持されて生きていくということになるのか。それとも、そもそも記憶は、切断前の体全体に遍在していて、切断前の左側の経験も保持されているのか?
ここで「一個の私であるという感覚を持続している(記憶の保持も含む)」心的状態を「私」性というとする。
どうやら私がプラナリアについて想像したくなったのは、左右に切断されたプラナリアは、どういう「私」性を経験しているのだろうかということに関係しているのだろう。
ここでは、期せずして「意識が朦朧となっていく」という風に誤魔化してしまったようだ。もともとあった一つの「私」性から右の「私」性と左の「私」性の関係はどうなっているのか。いや、どのように「私」性の持続なり断絶なり飛躍なりが体験されているのだろうか。やっぱ、上下切断の胴体部分の感覚(気持ち)を想像するしかないか。。。

尻尾断片プラナリア「何も見えない。。。やたら身が軽くなったが、あれ、なんか食べようにも口がない!?・・・」以下、アホらしくなったのでやめます。
というのも、ここでようやく、尻尾にしてみたところで、断片に分かれた後の世界から出発しているので、何の解決にもならないことに気付いたからです。。。(知らぬ間に脳至上主義者的に考えとったは。いかん、いかん。)
やはり、記憶の持続性というのが、本質的なイシューなのか。。。

あなたは、どう思いますか?

弥来成真 

魂が揺れる

石牟礼道子(いしむれみちこ)さんが「魂ゆらぐ刻を」というエッセイの中で次のように述べておられ,はっとしました。

——————————-
   日本語の「考える」という言葉をアイヌ語では、「魂がゆれる」というのだと知りました。魂がゆれるといえば思い当たります。私たちにまだ残っているあの、語らぬ思いや数かぎりない断念です。たぶんこれは近代的な権利意識とは無縁な、表現以前のデリカシーです。それが今も、アイヌの地に魂の安らぐ時があって、人は言葉以前に魂同士、あるいは山川草木と共にゆれあっているというのです。あらためて、病としての文明が、わたしたちの感性を覆っているのに思いあたります。妙な色の、鱗のようなそれを、脱ぎ捨てたい願望と共に。
——————————-

石牟礼さんは,小説家特有の感性と洞察力によって「魂がゆれる」という一言からその根源的な形態は,魂同士の会合により魂同士が揺れ合っていることなのだと喝破されている。「考える」ということを巡って,森羅万象に霊魂が宿るというアニミズムを基調とするアイヌ文化の本質に触れることが出来て静かな感動に満たされました。
近代文明にどっぷりと浸かってしまっている私などが考える際には,ついつい,一個の独立した自我という枠組みの中でのみ思いを巡らせてしまいがちなのですが,そんな行為(思考方法)は,「真実」とは無縁の所詮ひとりよがりの知の戯れに過ぎないだろう。
「考える」という営みの本質が魂同士の会合と揺れ合いにあると気付くこと。芭蕉の「松のことは松に習え…」を主題にした前回のエントリーに関連付ければ,「松に習う」とは,松の魂と私の魂が揺れ合うという事態,そのような松との会合という経験をきっかけとして,私がこの世界,存在,時間,生と死についてまさに「考える」ということなのだと思い至りました。
あなたの魂は揺れていますか?

  弥来成真 

「真実」と「デクノボーの問い」

想えば、若い頃から,ってまだまだ若造だと思っておりますが(笑),「世界とは何か?」「存在とは何か?」「人生とは何か?」というような,「無用な戯言」と言われるようなこと(そんなこと分からなくても死にはしないよ。時間の無駄でしょ,と揶揄されるようなこと)にしか心底心惹かれることはありませんでした。それは,そのような問いにしか「真実」というものの手触りを感じることが出来なかったからだと思います。(私にとって「真実」とはそのような意味を担っている言葉です。)

もちろん,科学や数学やその他の自然の神秘を解き明かしてくれる学問は興味深いし,数々の発見や発明は素晴らしいものだと思いますが,我を忘れて夢中になることはありませんでした。「存在」「世界」「人生」こそ,科学を始めとする諸学問を成立させる土台である。そもそも土台の上の存在者を扱う方法論しか有しない営為に,土台そのものを問い詰め,解明することは原理的に不可能なのだから,学問に存在者に関する「普遍の原理」は解明できても,学問から「真実」は出てきようがない。

「存在」「世界」「人生」という土台そのものに真正面から挑んでいるのは,「デクノボーの問い」(前回エントリー)なのではないだろうか。「デクノボーの問い」は土台や地平そのものを超越しようとする,つまり「真実」への意志の言葉による表現なのだ。(それだからこそ、土台の上で成り立っている実利的な言語ゲームからみれば「無意味だ」となってしまう。)
 
「真実」への門(突破口,手がかり)になり得る「デクノボーの問い」を設定し,丹念に展開していく営みこそ,私にとっての芸術や文学であり,「真実」は,その営みを続けていく中で,ある時,恩寵のようにもたらされるのだと思う。

 弥来成真 

デクノボーの問い

詩を読んで久しぶりに,ぐっときたので,それも余り知られていない詩だと思いますので,紹介します。
19世紀のロシアの詩人,フョードル・イヴァーノヴィチ・チュッチェフの「プロブレム」(「問い」とでも訳せばいいのだろうか?)と いう詩です。(中平耀『マンデリシュターム読本』から抜粋。ちと文語調?・・・)
 
 山から落ちて石は谷底に横たわった。-
 どのように落ちたのか? 今は知るものとていない-
 みずから頂から落ちたのか,
 それとも思索する手によって投げ落とされたのか?
 何世紀もが疾く過ぎ去った。
 けれどだれひとりこの問いを解いたものはいない。

チュッチェフのことは,全く知りませんでした。例の「文学裁判」のヒーロー,ブロツキーが自らの光源と讃えたマンデリシュタームのことが知りたくて読んでいた『マンデリシュターム読本』に載っていて,偶々知りました。
それはそうとして,この詩の何が,ぐっとさせるのか?

 「谷底にある石は,自ずから落ちたのか,投げ落とされたのか?」

詩の主題は,ある意味余りにも馬鹿げているこの問いである。(まさにタイトルが「問い」だし・・・)
そもそも,これはまともな(意味のある)問いなのだろうか?こんな問いかけは,断じて経済の論理からは出てこない。もちろん科学者の研究テーマになり得ないだろう。こんなことを会社で仕事中に大真面目に問いかけられたら,「はぁ?」となってしまうかもしれない。いや,なるだろう(笑)。実利的な立場からすれば何の役にも立ちはしない,無用で馬鹿馬鹿しい「デクノボーの問い」なのだ。
しかし,谷底にごろんと転がっている石,川のせせらぎ,小鳥の囀り,木の葉のゆらめき,そして風・・・自然の実相に触れ,心が揺れ動いたとき,何とも言えない感慨が湧き起こったとき,こころときめいたとき,人は,その心の有り様を何とか定着しようとして,このような無意味な「デクノボーの問い」を抱いてしまうのではないだろうか?そういう意味で,「デクノボーの問い」として何とも言えない心の有り様を定着させること,「問い」に向かって言葉が振る舞っていることが,言葉の「正しい」使い方だともいえるのではないだろうか。そして,そこにこそ,詩,芸術,人生の本性が潜んでいるのではないだろうか。だからこそ,「デクノボーの問い」を多く抱いていればいるほど,人生は味わい深いものになるものだと確信しています。どのような問いを持って生きているのかが,人生の質を決定しているのだとも思います。私は,様々な「デクノボーの問い」を持った人たちと問いを共有していきたい。
そういったことを直感させてくれたからこそ私はこの詩にぐっときたのかもしれません。もちろん,ここでいうデクノボーは,「雨ニモマケズ」のデクノボーにつながっています。(もっと,考えを整理しなくちゃいけませんが・・・)

追記:チュッチェフについてより詳しく知りたくなり調べてみたら,なんと『フョードル・チュッチェフ研究』(坂庭淳史・著)という潔いタイトルの本(笑)が2007年に出版されているようです。(素晴らしい!)早速,読んでみようと思います。

  弥来成真 

宇宙の始まりの残響に耳を澄ませる

小説を書く、書き続けるというのはつくづく孤独で骨の折れる作業だと思います。たとえ貫通したとしても誰も通らないかもしれないトンネルを人里離れた山奥でそれもたった一人でせっせと到達地点も分からないまま掘っているようなものです。誰に向かって、何に向かって書いているのかも分からないし、たとえ書き上げたところで誰も読んでくれないかもしれない。それで、小説を書いていると「一体こんなことを書いていて何の意味があるのだろうか」と自問してしまい、書き続ける理由が欲しくなってしまい、それでは「書いて意味のあることとは何なのだろう」と考え込んでしまう。挙げ句の果ては「人生の意味とは何だろうか」とか「そもそも、「私たちにとって意味がある」とはどういうことなのであろうか」などという考えの袋小路に陥ってしまう危険に常に曝されています。

しかし、孤独に耐えられずに「人生の意味」とか「存在の意味」とか「美しいとは何か」とかいうような誰にでも共感(共有)できる大きな命題を掲げ、それに対する原理や公式を探そうとすることこそ、そもそも私が実践しようとしている小説的思考とは全く正反対のことだったなのではなかったか?書く理由が欲しいために安易に既存の命題にすがったに過ぎないのではないか?小説家とは既存の大きな意味を掲げる命題に依存することなく、無意味から出発して無意味であることに耐えながら、小さいながらも独自の問いを生み出していかねばならないはずなのだ。そうでなければ、小説家の言葉(=小説)なぞ世の中に蔓延している既存の意味に回収されてしまうのが落ちだ。

では、どうやって無意味から出発して「独自の意味」に向かうことができるのか。私は小説を書きながら思いあぐねて考えの袋小路に陥りそうになると、窓の外の雲をじっと見詰めたり、雨脚にじっと耳を傾けたり、散歩に出て、風に揺れる木々の梢や風に揺らめく池の水面を見詰めたりします。緑が豊富なところにいって目を閉じて静かに深呼吸したりします。そうしていると既存の意味に充たされ、淀んでいた自分の中が空っぽになっていき、敢えて比喩を使っていえば「世界の声が響いてきて」書き進めるべき(掘り進めるべき)感触(以前書いた中原中也のいう「深く感じられている」感じ)をつかむことができます。

いま、「世界の声が響いてくる」と言いましたが、これは単なる比喩でもないな、とも思いました。宇宙物理学の標準的な理論によれば、この宇宙は、とてつもなく高濃密で高温度の1つの点が大爆発することによって誕生し、どんどん膨張し続けるなかであらゆる物質が生成され、それが離合集散を繰り返すことにより様々な銀河が形成され、その中で太陽や地球が、そして地球上に生命が誕生したということになっています。いわゆる「ビッグバン(Big Bang:大爆発、ドッカーン)理論」です。この世界にはあまねく世界が始まった時の大爆発(ドッカーン)の残響があります。この世界の全ての事物に大爆発が残響しているのです。勿論、私たち自身の体にも残響しています。そして全てのものがそれぞれ独自の仕方で残響を発しているのです。空っぽになった私に響いてくる「世界の声」とは、この様々な残響ではないでしょうか。私は「宇宙の始まりの残響に耳を澄ませる」ことによって自らの小説でこの様々な残響を言葉で表現しようとしているのだなと感じました。そうすると何だか勇気が湧いてきます。これからも人里離れた山奥で一人でせっせとトンネルを掘り続けることが出来そうです。

 弥来成真 

エッシャー、歪み、そしてバロック

エッシャーの版画は、「だまし絵」、「不思議な世界」、「不可能な構造」などとよく言われていますが、彼の円熟期の一連の作品を眺めていると不気味な程に特異なリアリティに襲われてしまいます。小説における(時)空間の表現について考えていて、自分の内側に蠢き始めたものがあり、それに促されるかのようにエッシャーの作品集(以前に訪れた「スーパーエッシャー展」Bunkamura ザ・ミュージアムで購入したもの)を見始めて目が離せなくなってしまいました。私はエッシャーの時空間の何にこれほど魅せられているのだろうか。何が私を驚嘆させるのだろうか。

例えば、作品「昼と夜」では、昼と夜とが、上空を飛ぶ鳥と地面の農村地帯(畑)とが、白と黒とが滑らかに共存している。「上と下」では、上から見下ろす視点と下から見上げる視点が接合され、「版画の回廊」においては、ある版画を飾っている画廊の建物がある街並み(外)が実はその版画そのもの(内)に接続している。「物見の塔」では、一階と二階の方形のバルコニーが十字に(垂直に)交差しているはずなのに同一の真っ直ぐな柱で無理なく繋がっている。「上昇と下降」では、屋上の回廊状の階段を上に昇っていく人物が、自分と擦れ違った下に降りていく人物と昇った先で再会するという状況が描かれている。滝が流れ落ちた途端に、落ちた地点が実はこの空間で最も高い位置に反転してしまうという「滝」も同様である。

このような正反対や矛盾した事象の間を繋いでいる(橋渡しをしている)のは、エッシャー空間に潜んでいる歪みや捻れである。柱、屋根、階段、窓枠、回廊、畑、鳥の歪みや捻れが、ありえない連続性をもたらしているのだ。それは決して「だます、だまされる」という次元ではなく、歪みや捻れこそが、それなしには見えないこの世界の実相(森羅万象は繋がって存在しているということ)を見させるということ、或いは、歪みに接することによって我々は世界の連続性(繋がり)という様相に気付かされるということではないだろうか。エッシャーが時空間に潜ませるそういう歪みこそが私を魅せ付け、驚嘆させるのではないだろうか。

エッシャー初期の通常は「だまし絵」に分類されない風景画や肖像画にも歪みや捻れが潜んでいることがわかりますが、その頃からエッシャーは歪みを描くことによって漸く目の前の現実(世界)を表現しえたという感触をつかんでいたのでしょう。

芸術の一様式である「バロック」の語源は、「歪んだ真珠」を意味するポルトガル語のBaroccoという説がありますが、私がバロック的なるものに惹きつけられてきたのもそういうことだったのではないかと思い至りました。そろそろエッシャー作品集を閉じて、小説に戻ろうかと思います。

弥来成真 

 

 

我々はどこから来てどこへ行くのか

実家からは、穏やかな天気に恵まれると、ボリューム感のある大きな大きな富士山を拝むことができます。実家周辺の地域は富士山の裾に位置しているだけに地面がずーっと傾いています。ですから林の中を散歩している時など視界が遮られていてもせっせせっせと上っているときは富士山に向かって歩いているんだなと分かります。遠くから富士山を鑑賞物として眺めるのもいいですが、実家周辺の斜面を歩きながら富士山を眺めていると富士山と地続きに繋がっているんだな~と感じられます。田んぼの近くに小鳥の囀りが聴こえてくる杉林や雑木林があり、その脇を小川がちょろちょろと流れているところがあります。子供の頃から大好きな場所です。陽の光を反射しながら柔らかく揺らめいている小川の水面を見ながら「富士山の雪解け水がこうしてここまで流れて来るずらよ」「意外と冷たくないね」なんていう何十年も前にした祖父母との会話を思い出し、小川の水に触れることによっても富士山との繋がりを感じていたのだな~と思いました。頭のずっと上の方に浮かんだ雲が千切れ千切れて富士山の方まで伸びていって山腹で富士山と交わっていることがあります。子供の頃、その光景をじっと見つめながら何とも言えない妙な感覚を楽しんでいましたが、今になって同じような光景を見つめながら、富士山を仲介して遙か上空の雲と地面にいる自分とが繋がっているという感覚が楽しかったんだろうなと思いました。
「人間は皆、大いなるものに繋がっているのではないか」という私の想いは、こういう体験によって育まれたものなのでしょう。
「我々はどこから来てどこへ行くのか」という根源的な問いも言ってみれば「我々は究極的に何と繋がっているのか」を巡る問いなのでしょう。

  弥来成真 

知性とは

前回、縁起について触れましたが、一見して関係のない物事に繋がりを見出すこと、ちょっと洒落て言えば「不連続な事象間に連続性を発見すること」が、芸術、哲学、科学を問わず知恵や知性の役割だとつくづく思うようになりました。これについては、また今度詳しく書いてみたいと思います。

弥来成真 

庭前柏樹(禅問答)

趙州和尚にある僧が、「達磨大師がはるばるインドからやってこられた意図はなんですか」と尋ね
た。すると趙州は、庭を指さして「あの柏の樹じゃ」(庭前柏樹)と答えられた。
(岩波文庫『無門関』西村恵信訳注より抜粋、一部改変。)

日常「禅問答」といえば訳がわからない言葉のやりとりの比喩としてつかわれていますが、禅僧・無門慧開(1183~1260)の編集した公案集『無門関』に収められているこの問答を何年か前に初めて読んだ時は、さすがに面食らってしまい、禅問答(公案集)とは相手を撹乱するためにどうやって訳のわからないことを言うのかを集めた見本集程度にしか思えませんでした。

とは言うものの単なるデタラメにはない何かひきつけられるものがあり、禅問答とは、私たちに染み付いてしまっている通常の言葉の使い方や論理から私たちを脱け出させるためにあのような無茶苦茶な事を言って揺さぶりをかけ世界と新たな関係を結ぶ(新たな見方が出来るようになる)ことへ導くことが目的なのだろうと次第に考えるようになり、私たちが悟りの境地に達するきっかけを与えてもらえる読み物として接するようになりました。

しかし最近、小説を書いていてこれ以上先に行けない袋小路に迷い込んでしまい、それを何とか乗り越えるきっかけになればと何とはなしに禅関係の本を読んでいてハタと気付きました。仏教の根幹にある世界観は「縁起」だとよく言われます。禅問答においてある問いかけに対して答えるというのは、縁起という智慧の実践であると。縁起とは、この世の全ての事象は、どれ一つとしてそれ自体で独立した実体として存在しているのではなく、時間的にも空間的にもお互いの関係(縁)の中から生起(起)してくるということと理解しています。趙州和尚は、昔々禅の祖師である「達磨大師がインドからやってきたこと」と今ここで自分が「庭の柏の樹を指さしていること」が繋がっていると実感していたのだ。今ここで庭の柏の樹を指さしていることが達磨の西来との縁として起こっていることなのだ。この禅問答の場面では、たまたま目の前に柏の樹があったから「あの柏の樹じゃ」と答えたに過ぎない。もしその時に蝉の声が聞こえてきたとしたら「裏山の蝉の声じゃ」と答えていただろうし、便意をもよおしていたら「道端の糞じゃ」と答えていたかもしれませんよね。深く縁起を分かっているからこそ常識では無茶苦茶に聞こえることも気儘に言い放てるのでしょう。

弥来成真 

これが手だ(中原中也の教え)

「『これが手だ』と、『手』という名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい。」

いわずと知れた中原中也「芸術論覚え書」の冒頭の言葉です。

言語芸術としての小説を書くとはどのようなことなのか。それは、言葉(=名辞)で表現し得ないもの(=名辞を口にする前に感じている手)を言葉で表現しようとすること、いや、直接表現出来ないまでもその表現を通じて表現し得ないものを何とか垣間見ようとする不断の努力のことなのだ。いや、こう言ってしまっては私の実感からして硬直的過ぎる。「深く感じられてい」る「その感じ」に手探り状態で言葉をあてがい続けるということ。そうして書き続けているうちに確かに手応えを感じる時が訪れる。その時こそ「その感じ」に言葉によって触れることができた瞬間なのだ。

ここで中也のいう「手」は、「世界」であり、「美」であり、「神」であり、「時間」であり、「宇宙」であり、「生死」であり、あらゆる芸術が追究するべき対象となりうる。

だからいくら巧みに言葉を弄した表現があったとしても、表現者にそもそも深く感じられているその感じがなければ、それは芸術たりえない。それは、絵画、彫刻、音楽その他の芸術でも同じだろう。芸術家の資質とは、どんなことをどれほど深く感じられるのかということだろう。

ところで、中也には「宮澤賢治の世界」という断片があります。それは「宮澤賢治が、もし芸術論を書いたとしたら、述べたでもあらう所の事を(中略)書き付けてみたいと思ふ」というものなのですが、そこで最初に出てくるのが、冒頭に掲げた中也の言葉(微妙な違いはあります)なのです。この事実から中原が芸術のあるべき姿として宮沢賢治の詩を念頭に置いていたであろうことが分かります。

私が小説を書くにあたって拠り所としている中也の言葉をもう一つ。

「此処に家がある。人が若し此の家を見て何等かの驚きをなしたとして、そこで此の家の出来具合を描写するとなら、その描写が如何に微細洩らさず行はれてをれ、それは読む人を退屈させるに違ひない。—– 人が驚けば、その驚きはひきつづき何かを想はす筈だが、そして描写の労を採らせるに然るべき動機はそのひきつづいた想ひであるべきなのだが。」

     弥来成真